自己愛性パーソナリティ障害が治る人と治らない人の違い

・はじめに╰(*´︶`*)╯♡
そんなタイトルにしてみました。最初は割と頭でっかちな物の本にある理屈を書いてあとは、僕が思う必要条件を書いて見ます。

コフートの理論ƪ(?⌣?)ʃ
自己心理学の祖コフートの理論です。自己愛性パーソナリティ障害の患者は目は通しておいた方が良いでしょう。参考になります。

・自己愛転移♪( ´▽`)
コフートの治療方法は、自己愛転移という自己愛性パーソナリティ障害の患者の特有な心理過程を利用します。
転移とは、相対するカウンセラーに過去の抑圧された感情など今の当人には不釣り合いな感情を投げかける事です。

自己愛性パーソナリティ障害の患者は、この転移が特徴的なのです。そう、決まっているのです。「理想(父親像)」「鏡(母親)」「双子(兄弟)」のどれか、あるいはケースによって両方求めるとかもあると思います。

そーいえば、僕は最初はだんだんと先生を「理想化」して行きました。(最初は「なんだこのおっさん」くらい思ってましたがw)理想化した人物像と認識させて、そこから母親のように「ありのまま自分の良さ」を見つけさせる。こんなやり方が王道らしいです。

・治療が難しい患者もいる( T_T)\(^-^ )
自己愛転移を起こした時に、「理想」「鏡」の患者は治る可能性が高いそうです。
※僕は「理想」でした。

一方「双子」を投影する人は治療不可と言われております。つまり、どんな名医でも治せない自己愛性パーソナリティ障害の患者はいるのです。

・僕の勝手な治る人の前提条件♪( ´▽`)
治る人に必要なもの。下記3つです。
⑴最低な自己に落ちている事

⑵代えの利かない大切なものを失って絶望に打ちひしがれている事

⑶その最悪の状況から勇気ある一歩(病院に行く事)を踏み出す事

と思いました。

・前提条件の理由( ̄∇ ̄)
僕が思う治る為の阻害要因は下記です。

⑴自己愛性パーソナリティ障害の患者は自分が人格障害なんて思わない(最低な自己に陥りたくないので病識が出来ない)。僕が通常時指摘されたら怒り狂いました。「俺が人格障害なら世界中全員狂ってるってことだ!」みたいな。。。

→なので理由はともかく最低な自己になる事が病識の必須要件と思います。ちなみに、これは僕の想像ですが、本物の自己愛性パーソナリティ障害の患者はパワハラで糾弾されて退職に追い込まれても最低な自己にならない、つまり病識出来ないと思いますよ。「あいつらは無能だ」の一言で自分を保てます。つまり、最低な自己に落とすのは結構難しいのです。

⑵仮に病識をしても、能力あるいは脳内変換が結構可能なので別の方法で解決する方法が得意です。(怒り、強迫的な努力)

→なので、代えの効かないものを失うくらいの絶望感(もう死のうかな...くらいの)を持つ荒療治が必要です。
ちなみに僕が失ったのは、自分で作った家族、仕事、社会的信用、でした。
※元々の家族、友人、お金は残りました。

⑶仮に病識して、病院に通うようになっても行かなくなる事が多いと思います。(自己愛性パーソナリティ障害の患者は慢性的な躁状態躁状態の人にカウンセリングは効きません)。

→最低な自分、失った後悔と絶望を受け止めて、それでも一歩を踏み出す。そんな患者は、必ず起こる治療抵抗(病院に通いたくなくなる、治った世界への恐怖)に打ち勝ち病院に通えると思います。

治った後、先生は僕にこう言いました「あなたが自分を病気だと思い、治したいと思い、予約をした瞬間から、少しづつ治り始めてたんですよ。」

僕は、今でもあの時病院を調べて、でんわして、予約して、時間通りに行ったことを、臆病者が人生で最大の勇気を出せた事だと誇りに思っています(・Д・)ノ

1年ぶりに更新

久しぶりに更新します。

自己愛とか人格障害とかパーソナリティ障害とか、たくさん悩んでたけども。まあ今はボチボチ元気でやっています。_φ(・_・

あいも変わらず、くだらない自分の悩みもあるし、あいも変わらず眠れないけど。
楽しく悩みながら、もがき楽しんでます。

最近マイスリーアモバン→ルネスタ睡眠薬を変えながら頑張って寝ていますが。要は疲れてないから眠れないのではないか!?と思いつき。

今日からよわーい、ロゼレムという睡眠導入剤に変えました。(-_-)zzz

あんまり書く事なくなったので、たまに知恵袋で回答してます。
怠惰な事もあり、恥ずかしい事もあり、ステキなこともたまにある人生ですが、ボチボチです。

何も誰のためにもないただのつぶやきですが、少しだけ特別な日でたまにはこんな事を書いてみました。╰(*´︶`*)╯♡

精神安定剤の効果と底打ち

抗うつ剤抗不安薬睡眠薬抗精神病薬。。。メンタルの疾患になるとたくさん薬が出されます。

中には、
「薬って本当に効果があるのか」
「副作用があるんじゃないか」
「医者の金儲けじゃないのか」
なんて、思っているに人もいるんじゃないかなー。と思います。( ̄O ̄;)

なので、そんな不安や不満に対してちょっと僕の実体験と交えて書いています。

実は僕の周りの人にも、メンタルなのに「薬に頼りたくない」と言っている人が何人かいました。なんでかと聴くと「怖いから」が多かったですΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

未知のものへの恐怖。薬を処方される=自分が病気。それが嫌だ。という心の動きなのかなとも思います。
でもそれは、まだ保っている人の健全な心の動きなんだと思います。

僕は全くそんな事を思えませんでした。もう、この苦しみから逃れられるなら、薬だろうが、カウンセリングだろうが、お金がいくらかかろうが構わない。助けて欲しい。と思っていたからです。ワラにもすがる思いってやつです。(´;Д;`)

これを薬物やアルコール中毒の患者の状況でで言うと「底打ち」と言います。つまりここで言えば「治りたい」「でも治せない」「誰か助けて欲しい」と思い行動を取る事です。( ;∀;)

こんな状態の人は、薬なんて1日10錠だろうが、30錠だろうがどって事ないのです。不満なんか出ません。だって治りたいんですもん。かすかでも、希望があるんですから。真剣にすがります。

精神安定剤は効果があると思います。全てが効果あると断言は出来ませんが、効果あると思います。
少なくとも、抗不安剤(デパスなど)は明らかに気分が晴れるし肩コリ治るし、眠剤はよく眠れます。エビリファイの頓服飲んだら躁状態が急に緩和されて力抜けたし、ルーラン飲んだら仕事がおっとりモードになったし。(SSRIはよくわかりませんが)

もし、ありとあらゆる薬が効かない、もしくは副作用が強く出る。という人がいたら、それは心のどこかで「治りたくない」と思っているのか、そもそも精神障害じゃないのかもしれません。( ´△`)

ミョウヒハウゼン症候群。つまり自分を病気にして気を引いたり、苦難を避けるという事を無意識にやってしまっていることもあるでしょう。

そんなもんですよね。人間は。だって僕らそんな強くないもんヾ(@⌒ー⌒@)ノ

シンプルなこと

久しぶりに更新します( ̄▽ ̄)

かなり徒然に。あんまNPDと関係のない話です。

最近、上司の上司が外国の方(日本語ペラペラ)だったり、お客様が海外の方でもっと説明と資料をシンプルにしろ!と言われます。

まあ確かに英語で書くと表現方法知らないし、シンプルになります。

でも、、、僕はとっても頭がごちゃごちゃしてるんですね。難しいものを難しいまま捉えて受け止める。そして、悩む。

だって、ずっと人生がごちゃごちゃしてたんだもんε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

そのせいか、論理的思考能力をあんまり重視しないからか、知りませんが。シンプルって、そんなに大事なのかな?と思ったりします。

たとえばたまに相談を受けたりします。一生懸命返しますが、やっぱりごちゃごちゃ返します。

僕には立派な人みたいな導く一言なんて言えませんわー。人間らしく、矛盾と感情がごちゃごちゃしたまま返すのが僕には合っているなと。

経営者には向きませんね。

でもメンタルに問題を抱えるような色々あった人は、ごちゃごちゃな問題を解決する専門家より、ごちゃごちゃのグダグダを許して聴いてくれる共感の方が大事だと思うわけです。(ToT)

でも共感性って、後天的に身につくのかなー。と思う事もあります。。

この思考の行ったり来たりが、またごちゃごちゃした僕っぽいな。と、ループします。

仕事はシンプル。プライベートは色々。なんてキレイに分別できたらいい。のかな?本当に?まあいいや。寝よう。( ?-? )

半年ぶりに更新してみました

久しぶりに更新してみました。
半年ぶりかー。ヽ(・∀・)

トランプさんは大統領になるし。桜も咲いたし。世間様は色々あったよーな、僕には何にも無いよーな、あったよーな。

たまに、知恵袋に投稿したりしてるんですがね。やっぱり、会社の近くに住んで電車乗らなくなったら書く時間がなんか取れなくなっちゃいました。ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

最近は仕事と遊びばっかですわー。まあ悩みは人並みにありますがそれも普通ですね。

つーことであまり話題ないですが、このブログのそもそものお題のパーソナリティ障害の事は。。。次回少し書きますか。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

ノルウェイの森

徒然なるままに。たまには、僕の好きな本の話。(=゚ω゚)ノ

ノルウェイの森ビートルズの名曲であり、村上春樹さんのベストセラーですね。映画にもなりました。読んだ事がある人も多いのではないでしょうか。
僕にとってはこの本が、現時点人生最高の小説です。(・Д・)ノ

周りの人に聞くと「何がいいのかわからない」とか言われたりするんですが、本当に僕にとっては心を打つんです。人生で3回読みました。
大学生、社会人5年目、離婚した後。いつ読んでも新しい気付きがあります。Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

(ここから若干ネタバレありです)
登場人物の名前もたぶん全員言えます。ワタナベ君、緑、永沢さん、ハツミさん、キズキ、突撃隊、玲子さん、直子、直子のお姉さん。うん、言えた。
なんでこの小説が僕に共感を強くもたらすのか。それは、死について書かれているからだと思います。( ´ ▽ ` )ノ

上の登場人物のうち、4人自殺します。結構精神病んでます。特にヒロインの直子は。直子の気持ちがわかるんだよな。最後自殺しちゃうんだけど。すっごい共感してしまうんですね。

緑は昔の彼女みたいにサッパリ、ハッキリして好きなタイプだし。永沢さんは自己愛性パーソナリティ障害(NPD)っぽい感じで昔の僕に似てたし。なんか登場人物に重なってしまうんですね。(=゚ω゚)ノ

母親が小1で自殺して、そこから僕にとって「死」は考えない事を許さない位身近なものでした。割と側にあったんですよね。だから死について悩んできました。みんなそうじゃないかな?でも、割と早めにこの悩みに取り組み始めた方だと思います。(´-`).。oO(

生きる中に死があり、それはとっても近いものであり、対極にあるのではない。
自殺は罪ではない。誰にでも起こりうる事であり、安らぎや癒しにもなる。
死は恐怖ではあるが決して冷たいだけのものではない。
まあ、読んでいると色々考えてしまうのです。⊂*1

そんな一冊なのです。ちなみに映画の「ノルウェイの森」。友人二人に感想聞いたら悪評価でした。
でも、僕にとっては涙が止まらない素晴らしい映画でした。T^T

感覚ずれてんのかな。僕。気にしないけど。(・ω・)ノ

*1:・x・

英語は治療

徒然なるままに。

変なタイトルですね。英語。外資系の宿命か、ついに英語を使わなければならない時がきました。
外国の方とメールしてます。ヒアリングとか行っちゃってます。ムリムリムリムリカタツムリ( ゚д゚)

でもね。英語ってたぶん僕にあっていると思うのです。成長の為に。
僕は実は日本語ものすごく得意な方です。難しい本とか読んじゃうし、読書感想文とか得意だし、小論文とかも結構イケてます。メールとか「~賜ります」とか使っちゃいます。メールだとすごっく謙虚で丁寧な人に見えると言われちゃいます。|( ̄3 ̄)|

でも、難しい事を難しく理解してしまうんです。示唆的というか。抽象的というか。曖昧というか。感覚的というか。
結構僕の言っている事って難しいらしいんですよ。
母国語って感情とか経験と結びついているらしく複雑になるらしいんですよね。(・Д・)ノ

先生も「英語を勉強した方が良い」と言ってました。シンプルに考えれるから。
確かに英語のメールを書くと論理的でシンプルになります。
曖昧な表現を避けます。合理的です。♪( ´θ`)ノ

そういえば、こんなエピソードがありました。この間外国の人、お客様先に入っていたシンガポール出身のコンサルタントにめっちゃ怒られました。「Lost My
Face!」、つまり「顔をつぶされた」という事ですね。´д` ;

これ、日本語なら僕オロオロしちゃうと思います。感情がわかるので。でごちゃごちゃ悩むと思います。でも、英語で言われたので良く理解出来ないので「ふむ。まずいな。どうすればいいか教えてもらおう」と結構冷静でした。(=゚ω゚)ノ

悩み事があったら英語で考えるといいかもしれないですね。結構シンプルになるかもしれません。(⌒▽⌒)